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rekikyo

Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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ホームページ移転とブログ閉鎖のお知らせ

ホームページを移転・リニューアルいたしました。新しいアドレスは以下の通りです。

https://sites.google.com/site/ourekikyo
お手数をおかけいたしますが、アドレス登録・ブックマーク登録の変更をお願いいたします。

本研究会からの情報発信は、今後この新しいホームページを通じて行っていきますので、こちらのサイトは近日中に閉鎖いたします。
長い間ブログをご覧いただいた皆様に心より御礼申し上げます。
今後も大阪大学歴史教育研究会をどうぞよろしくお願いします。
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大阪大学歴史教育研究会・第76回例会

【大阪大学歴史教育研究会・第76回例会】


日時:2014年3月15日(土)14:00~17:30
場所:大阪大学 豊中キャンパス 文学研究科本館2階 大会議室


1.山﨑典子(東京大学大学院総合文化研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員)
「マイノリティから見た世界史――近代中国ムスリムのアイデンティティ探求」

(要旨)
 現在中華人民共和国において回族と呼ばれている人々は、7世紀中葉以降中国にやってきた外来ムスリムと所謂漢人の通婚によって歴史的に形成された人間集団の末裔と言われている。漢語を日常的に話すようになり、容貌も漢人に相似している彼らを歴代政権はしばしば漢人の「宗教集団」と見なし、彼らの一部もそのように主張していたが、次第に「民族」意識に目覚め、中国共産党によって1930年代末に単一の「民族」に認定されたという。
 このように、「宗教集団」と「民族」アイデンティティのはざまで揺れ動いてきた漢語を話すムスリムの事例は、中国のイスラームや民族問題のみならず、世界各地のマイノリティに関するさまざまな問題を考えるうえでも示唆に富むと思われる。本報告では、「民族」minzuという概念が中国で受容された清末民初の時期を中心として、漢語を話すムスリムのアイデンティティ探求の諸相を検討することを通じて、マイノリティから見た世界史について考えたい。具体的には、19世紀後半から20世紀前半、漢語を話すムスリムによる「民族」言説、辛亥革命や日中戦争への対応のほかに、教育、衣食、民間伝承、マッカ巡礼、新疆のテュルク系ムスリムとの関係などといったトピックを取り上げる予定である。

コメント:長縄宣博(北海道大学スラブ研究センター准教授)


2.牛嶋秀政(熊本県立済々黌高等学校教諭)
歴史教育実践報告「像を結ぶ世界史の授業の試み」

(要旨)
 歴史の消費者として、われわれ歴史教育者は、どんな歴史を次の世代に語って行くべきでしょうか?その際、われわれはどこまで歴史を「アレンジ」したり、「トリミング」したり、「デフォルメ」したりすることが許されるのでしょう。
 発達段階や授業時間の制約の中で取り組んだ授業や課外授業を叩き台にして、受験と歴史教育の問題点や、改善すべき考え方や手法を協議できればと思います。

大木匡尚「日本学術会議の提言する「歴史基礎」等に対する指導内容の「精選」に関する私的提言(1)」

皆様こんにちは。ホームページ管理人の猪原達生です。
10月20日に行われた第63回例会は、無事盛況のうちに終了いたしました。
ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

さて、本日は東京都立農業高等学校の大木匡尚先生より、「歴史基礎」に関する提言をいただきましたので、ここに掲載いたします。大木先生ご自身の定時制高校における経験と調査に基づく興味深い内容となっておりますので、皆様ぜひともご一読ください。


日本学術会議の提言する「歴史基礎」等に対する指導内容の「精選」に関する私的提言
-定時制課程専門学科における調査を踏まえて-

大木匡尚(東京都立農業高等学校)

緒言
本稿は、高等学校での歴史教育に携わる筆者の立場から、2011年8月3日の日本学術会議「高校地理歴史科教育に関する分科会」(以下、学術会議と略)による提言「新しい高校地理・歴史教育の創造-グローバル化に対応した時空間認識の育成-」(以下、「提言」と略)を読み、学術会議の方向性と「提言」に対する疑義及び課題を論じたものである。
そもそも筆者は、閉塞感の強い現在の歴史教育を改革しようとする学術会議の方向性そのものは高く評価する立場であるが、「提言」にある歴史教育の方向性は、かえって歴史教育を固定化し、閉塞感を強めるものになりはしないかという懸念を覚えている。換言すれば、「提言」は、大学受験を前提として高等学校における世界史もしくは日本史の教育内容を再構築しようとしているが、この試みが、高等学校における教科教育そのものの存立基盤を揺るがせるものにし、高等学校における教科教育を大学での教育及び研究に従属させることになるのではなかろうかという不安を感じるのである。
そこで、本稿では、大学受験の位相と対極にあると考えられる定時制課程専門学科における調査を踏まえ、「提言」のもつ課題を指摘し、高校現場の立場から、今後の歴史教育改革に求めていきたい方向性を私的に提言する。

1 何「のための」歴史教育か? -「高校生の歴史教育についてのアンケート」から-
そもそも、現在の高等学校は、中学校卒業者の98%以上が進学する学校である(文部科学省2011年度学校基本調査、学校等の統計等は以下同じ)。しかし、一概に高等学校といっても、課程区分(全日制課程・定時制課程・通信制課程)もあれば、学科区分(普通科・専門学科・総合学科)もあるので、多様な高等学校が存在する。また、これまでの入学者選抜の結果や卒業後の進路結果によって、いわゆる進学校・中堅校・教育課題校といった高等学校間の序列が歴然と形成されている。このうち、進学校や中堅校に在籍する生徒の場合は、大学等進学率が54%におよぶ現在、かなりの確率で大学等に進学することになる。こうした学校に在学する生徒は、程度の差こそあれ、学習を進路開拓「のために」必要であると認識し、動機付けられている。したがって、学習に対する「関心・意欲・態度」は、進路開拓のための必要性の影に隠れ、その有無を不問に付しても、教師の授業実施や生徒の学習遂行には影響がないことが多い。しかし、いかに大学等への進学率が上昇したといっても、それは高等学校等卒業者の半数に過ぎない。つまり、半数近くの高校生は、大学進学とは無関係なのである。彼らの代表として、以下では、いわゆる教育課題校のひとつとして数えられる勤務校(公立高等学校定時制課程専門学科)において実施したアンケート等の結果を手掛かりに、すべての高校生「のための」歴史教育の目標、すなわち、高校生が考える「歴史教育を必要とする理由」について考察する。
筆者が今年度から勤務する学校は、東京近郊に所在する全日制課程と定時制課程の併置校であり、筆者は定時制課程に所属している。定時制課程は、さらに普通科と農業(食品化学)科の2学科が併置され、各学年3クラス(定員90名)であるが、今年度は第1学年が臨時学級増となり、普通科3クラス、専門学科1クラス(合計定員120名)となった。
筆者は、2012年9月に「高校生の歴史教育についてのアンケート」と題した調査を実施した。対象者は、世界史Aを履修する2年生65名(有効回答は57名、87.7%、以下同じ)と、日本史Aを履修する3年生67名(58名、86.6%)で、合計132名(115名、87.1%)である。
まず、第1の質問項目「歴史を学ぶことが好きであるか?」についてであるが、歴史を学ぶことが「好き」であると回答した生徒は54名(全体の47.0%)、「嫌い」と回答した生徒は60名(53.0%)という結果であった。この結果は、筆者の事前の予想よりも「好き」と回答した生徒の割合が高いものであった。なお、「好き」と回答した理由を分析すると、「何らかの『興味・関心』を抱いているから」が36名(全体の31.3%)、「何らかの『役立ち感』を抱いている」が8名(6.9%)、その他が10名(8.7%)、また、「嫌い」と回答した理由を分析すると、「『興味・関心』を抱けないから」が14名(12.2%)、「何らかの学習上の困難を感じるから」が16名(13.9%)、その他が31名(27.0%)であった。
また、第2の質問項目「学校で歴史(世界史及び日本史)を学ぶことに意味があると思うか?」についてであるが、「意味がある(すなわち、意味を見出して授業を受けている)」と回答した生徒は86名(74.8%)、「意味がない(すなわち、意味を見出せずに授業を受けている)」と回答した生徒は29名(25.2%)であった。なお、「意味がある」と回答した理由を分析すると、「何らかの『興味・関心』を抱いているから」が14名(全体の12.2%)、「何らかの『役立ち感』を抱いている」が42名(36.5%)、その他が30名(26.0%)、また、「意味が無い」と回答した理由を分析すると、「なんらかの『必要性』を感じないから」が13名(11.3%)、その他が16名(13.9%)であった。
ちなみに、第1の質問項目において歴史学習が「好き」と回答しつつ「意味を見出していない」と回答した生徒は0名であったので、「嫌い」であるが授業には「意味がある」と回答する21.8%の生徒の存在は示唆的である。たとえば、ある生徒は、「歴史(の学習、筆者補足)は好きではないが、そういうことが起こってきたから今があると思うと、歴史等は学んだほうが良いと思う」(原文ママ)という回答理由を寄せてくれた。こうした回答は、歴史教師を勇気付けてくれるものである。また、「(歴史の学習に、筆者補足)意味がなかったら、割とかなしいじゃない? ここまでやってきちゃったんだし、やらされた方の身にもなってよね」(原文ママ)という、叫びにも似た切実な回答を寄せてくれた生徒の存在は、歴史教育の存立根拠そのものに突きつけられた大きな課題である。さらに、今回の質問項目とは直接関係はないが、ある生徒が「最近特に思うのですが、昔の正確な歴史を学ばず、かたよったことだけを教えていると、ろくでもない方向に物事が進んでしまうので、正しいことを教えたほうがいいと思います」(原文ママ)という回答を寄せてくれたことなどは、歴史教師のみならず多くの歴史教育にかかわる人間への「警鐘」となるであろう。
筆者は、「歴史にかかわらず、教師みずからその教科を指導する意味を見出すことなく、また生徒に意味を見出させずに授業するのであれば、教師や教科は単なる『抑圧装置』に成り下がる」と日々考えながら授業に臨んでいる。今回のアンケート結果は、そうした筆者の「思い」を図らずも裏付ける結果となった。改めて、高等学校における歴史教育は、前述のような教育課題校の生徒も念頭において構築すべきであると考えている。

2 確保困難な実授業時間 -高等学校の課程間における実授業時間の相違-
一方で、高等学校学習指導要領では、1単位時間は50分とすることが定められ、年間35週間の学習を標準とするため、年間で1単位当たり1,750分(29時間10分)の学習を標準としている。したがって、2単位を標準とする世界史Aや日本史Aの場合であれば、70時限で3,500分(58時間20分)の学習時間を標準とすることとなる。しかし、常識的なことであるが、学校行事や定期考査等もこの授業時数に組み込まれるため、実際の学習時間(以下、実授業時間)は大幅に少なくなる。また、各学校は生徒の実態に即して授業を実施するため、同じ単位数であっても、実授業時間は学校ごとに異なるのが現実である。
たとえば、筆者が昨年まで在籍した前任校は全日制課程普通科の高等学校であったが、3単位(減単位)の世界史Bのあるクラスの場合、89時限で4,520分(75時間20分)の授業時数であった。しかし、ここから考査及びその返却を差し引くと、実授業時間は79時限で4,020分(67時間0分)となる。これを2単位に換算すると、授業時数は3,013分(50時間13分)、実授業時間は2,680分(44時間40分)ということになる。これに対し、現任校の定時制課程専門学科の場合、生徒の実態を踏まえて1単位時間は45分であり、また生徒面談や行事に際しては短縮授業も行われるため、2単位の世界史Aのあるクラスの場合、授業時数は51時限で2,180分(36時間20分)、実授業時間は41時限で1,775分(29時間35分)である。これら実授業時間を2単位の標準授業時数と比較すると、全日制課程において76.6%、定時制課程においては実に50.7%にとどまることが理解できる。
筆者は、この数字の物語る意味は実に大きいと考えている。すなわち、このように実授業時間を確保できない中であっても、歴史教師は、世界史の全体像を生徒に伝えねばならないのであり、そのためには言うまでもなく授業内容の精選が必要になるのである。しかし、高等学校において指導される世界史は、概念的にせよ、内容的にせよ、はたしてすでに確定された学問対象であろうか。そもそも、歴史教育の分野はさておき、日本の歴史学の世界では、伝統的に、日本史・西洋史・東洋史の棲み分けがあり、従って、世界史の叙述は、一部の研究者を除いては、近年になってから漸く進展し始めた感がある。これは、世界史のみならず、一見すると自明であるかのように感じられる日本史の領域でも同じことがいえよう。筆者は、発展途上とも云える世界史の全体像をどう叙述するかという議論を飛び越えて、特定の機関等が授業内容の精選を図るという取り組みそのものが、一部の特定の世界史叙述の固定化につながり、他の叙述の可能性を否定することにつながりかねないと危惧している。歴史は、その独特の思考過程を経たとしても、複数形の解釈を担保する学問的営為である。しかし、ある特定の歴史叙述を「公式」のものとすることで、歴史教育の現場ではその再生産がはじまり、多数考えられる歴史叙述や歴史解釈を否定するようになるという自己言及を犯すことになる。これは、現に「受験対応」という大義名分のために、知識の羅列を再生産している歴史教育と軌を一にすることである。歴史学及び歴史教育に携わる人間にとっての目下の課題は、世界の枠組みを検証し、学校現場で語られる世界史の全体像をどう叙述していくかということであろう。


以下、次のエントリーに続きます。

2012年神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会夏期講座高大連携の試み~「18世紀のアジアをどう教えるか」~参加記

 暦の上では秋になりましたが、まだまだ厳しい暑さが続いています。皆様いかがお過ごしでしょうか。特任研究員の久保田裕次です。今回は2012年8月6日~8日にかけて、神奈川県鎌倉市の栄光学園中学校・高等学校で行われた神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会夏期講座高大連携の試み~「18世紀のアジアをどう教えるか」~の参加記です。

 この講座では、世界史研究における最新の研究成果をどのように教育実践の中で扱っていくべきかということを考えるために、大学教員が最新の研究成果を踏まえた講義を、高校教員が現場における実践を意識した講義を行い、世界史教育に関する議論を深めることを目指しています。今年は、18世紀のアジアは停滞したアジアではないという見方が広がってきたことを受けて、「18世紀のアジアをどう教えるか」をテーマとしていました。1日目(8月6日)は東アジア世界について、杉山清彦先生(東京大学)と矢野慎一先生(県立柏陽高校)、2日目(8月7日)は東南アジア世界について、桃木至朗先生(大阪大学)と福本淳先生(栄光学園高校)、3日目(8月8日)は南アジア世界について、秋田茂先生(大阪大学)と杉山登先生(逗子開成高校)による講義でした。午前の講義は特別授業との位置づけも与えられており、近隣を中心に多数の高校生が出席していました。また、昼休みには、多くの高校生が講師に対して積極的に質問をしていたことが印象的でした。

 午前は、テーマにそくして高校教員による授業と大学教員による授業が行われました。高校教員の授業では、大学入試を意識しつつ、多様な視点からアジアの各世界、それぞれの世界と日本との関係の再検討が行われていました。各アジア世界の王朝の歴史や「帝国」との関係に留意しながら、ヒト・モノ・情報の交流が活発に行われていた「開かれたアジア」像を示す報告でした。また、穴埋め形式を用いながら、簡にして要を得たレジュメに依拠しながら、身近な話題を取り上げるなどそれぞれの先生方の工夫が凝らされていました。ただ、高校生の意見の中には穴埋め形式の有効性について、疑問の声もありました。

 一方、大学教員は、先行研究を踏まえつつ、最新の研究成果について報告をしました。歴史系学部の受験を目指す高校生以外も学ぶ必要がある世界史とはどのようなものか、ということを一つの大きなテーマとしていました。細かい年代や語句を暗記することや大国だけの歴史を学ぶという姿勢を排するとともに、現代との関わりも指摘されていました。高校の教科書では十分に扱い切れていない事象を分かりやすく解説する一方で、ヒト・モノ・情報の交流によって、どのような各アジア世界が形成されることになったのか、どのように「帝国」を捉えるべきであるかなどが主な論点になっていました。

 午後は会場を移して、午前の報告者から授業内容の補足があり、それに対する高校教員からの意見・質問をめぐって積極的な討論が行われました。出席者の質問・感想文用紙には、それぞれのアジア世界が様々な地域と活発な交流を行っていたことを学ぶことができた、これまでに学んできた歴史像とは違い新鮮であった、いままでほとんど知らなかったことを詳しく知ることができたなどとの感想が多く寄せられました。好意的な意見が多かったように思います。

 高校教員から大学教員に向けては、様々な質問や意見が投げかけられ、世界史教育をめぐる現状や問題点について、議論が行われました。以下では、いくつかその具体例を挙げたいと思います。アジアに注目したことによって、西洋の歴史を通じてみると自然に持ってしまう歴史認識の相対化につながったのではないかと評価する意見が出された一方で、印象的だったのは「歴史の基礎」の検証について、議論となったことでした。一口に「歴史の基礎」といっても、更なる学問の探究を目指す学生のための入り口、社会で生きていくための教養としての役割など多様なものが想定されます。果たして「歴史の基礎」とは何か、様々な認識の違いが存在しているとの意見が多く出されました。「歴史の基礎」に関する認識の共有について、高大連携の必要性を再認識させられました。

 この点に関連して、大学教員と高校教員の共通の認識として、歴史に関する時間や空間についての知識が不足している大学生や高校生が多いとの意見も出されました。私自身にも当てはまることですが、私も全く同様の危機感を持っています。時間とは西暦がどれくらいのスパンを持っているのかなど暦に関する基礎的な知識、空間とは地理のことです。高校や大学の歴史教育においては、ある程度地理を押さえていく必要があり、そのことによって歴史に対する理解がより一層深まると思います。現在の高校の教科書や副教材の中で、どのような地図が、どのような目的のために掲載されているかということ、そして、それらにどのようなメリットとデメリットがあるのか検証することは非常に重要なテーマです。

 私は今年度から特任研究員に就任したため、神奈川の夏期講座への参加は今回が初めてでした。今回の夏期講座では、常に変化していく研究状況と教育現場の中で、最新の研究と教育実践とが連携していくことの難しさを感じました。しかし、だからこそこうした高大連携は不可欠であるとも痛感しました。また、この夏期講座は、19世紀から20世紀への移行期を研究している私にとって18世紀のアジア世界に関する最新の研究、または世界史教育に対する私自身の認識を深めるまたとない機会となりました。(文責:久保田裕次(特任研究員))

大阪大学歴史教育研究会・公式ブログ開設にあたって

この度、大阪大学歴史教育研究会(阪大歴教研)の公式ブログを開設することになりました。

大阪大学歴史教育研究会とは、高校教員・大学教員そして院生など若手研究者がそれぞれの垣根を取り払い、フラットな立場からこれからの歴史教育のあり方を考えるため、2005年11月に設立された研究会です。
基本的に毎月一回の月例会を行い、最新の学術的研究成果を踏まえながら高校や大学における歴史教育の現場においてどのような内容を扱えばよいのか、議論を行っています。
阪大歴教研の概要阪大歴教研の活動記録などの詳細は、それぞれのリンクから研究会サイトのコンテンツを御覧ください。
また、その前身としての全国高等学校歴史教員研修会については、左記のリンクから阪大東洋史のサイトを御参照ください。

阪大歴教研はこれまで5年半を超える活動を通じて、様々な成果を挙げることができました。
その中には活動記録のページで公開されている報告資料だけでなく、高校教員と大学教員の恒常的なコミュニケーション体制の構築、そして院生を中心にした多くの若手研究者の育成なども含まれています。

ただ、研究会活動の長期化・安定化と、それに伴う活動範囲の拡大に伴って、新たな問題点も浮かび上がってきました。
研究会の場や時間が限られていることにより、阪大で毎月一回行う月例会だけでは十分なコミュニケーションの機会を提供できないということも、その一つに挙げられるでしょう。
参加メンバーの中には本務の多忙さや地理的距離などの理由から月例会に参加できない方も少なくなく、また参加できたとしてもわずかな議論の時間では十分に発言できないということもあろうかと思います。

そのような現状を打開する方法を現在模索しているところですが、その方法の一つとして、この度公式ブログの開設に踏み切ったというわけです。
本ブログは事務局のスタッフにより、最低週一回の更新を原則として、主に阪大歴教研の活動を中心とした歴史教育の話題を扱うものとします。
阪大歴教研事務局のスタッフは、院生・ポストドクターを中心とした若手研究者が担当しておりますので、歴史教育と絡めて個々の専門分野についての話題も紹介していければと考えております。

ちなみに私は大阪大学大学院文学研究科の特任研究員をしております岡本弘道と申します。
専門分野は琉球を中心とした海域アジア交流史で、阪大歴教研関連では2004年の第2回全国高等学校歴史教員研修会、2008年4月の第23回例会、今年5月の第51回例会(活動記録参照)などで報告をさせていただいております。
自己紹介・経歴・研究業績などは個人サイトブログなどもございますので、そちらを御参照ください。
事務局では主にウェブサイト・ブログなどをはじめとするIT関連の業務を担当しておりますので、本ブログともどもよろしくお願いいたします。

本ブログでは上記のように事務局スタッフによるエントリ以外にも、阪大歴教研に関連する告知・情報提供、そして参加メンバーによる歴史教育関連の投稿なども随時掲載していく予定です。
報告者・参加者が月例会の場では時間の関係で十分に発言できなかった内容、あるいは諸般の事情で当日は参加できなかったけれど表明しておきたい意見など、この場を通じて歴史教育に関するコミュニケーションがより密になっていけば幸いです。(文責:岡本弘道(事務局))

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