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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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第70回・71回例会参加記

 みなさまこんにちは。初めましての方は初めまして。事務局員のひとりを務めております大阪大学文学研究科東洋史博士後期課程の猪原達生です。専門は宦官史で、主に中国唐代の宦官をめぐる政治制度について研究しております。さらに、ジェンダー、セクシュアリティや比較史などの観点から宦官を見直すことにも関心を持って取り組んでいます。この研究会には学部生の時代から参加させていただいており、昨年度より事務局に入りました。本年度もどうぞよろしくお願いします。

 さて、本年度は大阪大学歴史教育研究会の元になっている科研「最新の研究成果にもとづく大学教養課程世界史教科書の作成(代表:桃木至朗大阪大学教授)」の最終年度に当たっており、表題の通り大学生向けの世界史教科書を本研究会に関わる先生が執筆されます。(全体の方針など詳細は、ホームページ「活動記録」より第68回例会の桃木先生による報告「大阪大学歴史教育研究会2013年度の方針について~教科書作成を中心として~」を御覧ください。)この記事で取り上げる70回・71回例会は先生方による教科書執筆の構想発表になりますので、それぞれごく簡単ではありますがご紹介したいと思います。

 6月15日に行われた第70回例会の第一報告は、古代・中世を担当する東洋史の荒川正晴先生(大阪大学文学研究科教授)のご報告でした。荒川先生は教科書の第1章「古代文明・古代帝国と地域社会の形成」についてご報告されました。限られた記述量の中で古代の重要性を示すにあたり、先生は「横のつながり」や「共時性」を重視してまとめておられました。とりわけ、地域ごとに考えると特に孤立しがちな黄河文明や殷・周の動向をユーラシア史上に位置づける試みは、とても興味深く感じました。
 第二報告は、近世を担当する東洋史の桃木至朗先生(大阪大学文学研究科教授)のご報告でした。当日は部分的な執筆案が提示されましたが、要点を得た本文に加えて興味関心を広げるコラムや問いかけが豊富に含まれていました。また、「近世」の時代区分をめぐる論点についても示され、参加者の間で活発な議論が行われました。
 7月20日に行われた第71回例会の第一報告は、古代・中世を担当する西洋史の栗原麻子先生(大阪大学文学研究科准教授)のご報告でした。栗原先生は地中海を舞台とする相互交流など「横のつながり」を重視しつつも、「縦のつながり」を描き出す方法についていくつかの論点を示されました。そのひとつとして「古代から中世、また中世から近世への移行を断絶と連続性のどちらの観点からとらえるか」という問題が研究史を踏まえて紹介され、私自身とても勉強になりました。
 第二報告は、アジアの近現代を担当する東洋史の桃木至朗先生(大阪大学文学研究科教授)のご報告でした。前回に続き、執筆案が関連する秋田先生の執筆案とともに示され、それに基づいて記述内容の検討が行われました。この報告では特に用語の選定の問題について参加者の関心が集まりました。「どの固有名詞を選択するか」「概念をどのように説明するか」といった問題は教科書全体に関わる問題であり、全体の編集方針を意識した活発な議論が展開されました。

 以上2回4報告についてごく簡単にご紹介させていただきました。全体を通して私が印象に残ったのは、参加院生からの発言がとても活発だったことです。なかには報告者をうならせ、さらなる議論を喚起するような鋭い質問もあり、本年度の受講院生の勉強ぶりや意識の高さが感じられました。後期の院生報告に期待が膨らみます。
 10月に開催予定の72回例会まで、教科書執筆の構想発表が行われます。どのような教科書ができあがるのか、私もとても楽しみです。それでは、以後の研究会もどうぞよろしくお願いします。(猪原達生)
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歴史教育研究会第62回例会参加記

 皆様、大阪大学歴史教育研究会公式ブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。特任研究員の鍵谷寛佑(かぎたにかんすけ)が、今回の記事を担当させていただきます。四月の特別例会記以来、今年度二回目の記事になります、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回の記事は、7月21日(土)に大阪大学豊中キャンパスで行われました、歴史教育研究会第62回例会についてです。この例会のレジュメは、公式ホームページにアップされていますので、是非そちらもあわせて御参照ください。
 この会は、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在籍で、日本学術振興会特別研究員(DC)の猪原達生氏に「中国・朝鮮のジェンダー―近世の宗族と女性を中心に―」というテーマで発表していただき、その発表に対して、青山学院大学文学部の青木敦教授と神田外語大学の豊島悠果先生にコメントをいただく形で行われました。
猪原氏は、はじめに唐から宋への移行期、すなわち中世から近世にかけての様々な変化(「唐宋変革論」)や、宗族(同姓の父系親族集団)について確認した上で、宗族が朝鮮やベトナムおよび琉球など周辺の「小中華」国家に様々な影響を与え、それぞれの地で、類似性を持ちながらも独自に発展したと指摘されました。
発表は、大きく第一部の「宋―明時代における宗族の成立と展開」、第二部の「唐代における家族と女性の問題について」に分けられ、それぞれに猪原氏の詳細な解説が加えられていました。
 紙幅の都合上、部分的な紹介に留めますが、第一部「宋―明時代における宗族の成立と展開」で特に気になったのは、①「家族」と「宗族」の定義が曖昧かつ研究上でも日中間に差があること、②中国における「同姓不婚」と「異姓不養」の原則(これは日本と大きく異なる)、③宋代の宗族は、特権が一代限りである科挙官僚制と小農社会によって、我々が世界史教科書から学び取る周代の宗族とは形を変えて再び出現したこと、④族譜(ぞくふ:父系親族集団の記録)、族産(ぞくさん:宗族の共有財産)、祠堂(しどう:別名族廟で祖先祭祀を行う場、宋代には一宗族にひとつの大廟)の重要性です。
 続く、第二部「唐代における家族と女性の問題について」では、①唐代においては宗族が未発達であったこと、②唐代における女性の地位は高く、家族の中では夫の嫡母が最も強く、離婚協議や再婚も女性からの申し出が一般的であったこと、③世界史教科書では一般的に悪いイメージを持たれている武則天(則天武后)が、新たな価値観を採用し、既存の儒教的価値観を打破したという立派な政治家としての側面が再評価されるべきこと、これらの点が非常に興味深かったと思います。また、補論では、唐代の宦官研究についての指摘があり、この発表をふまえた二つの問題、①一般に生家からは切り離される宦官に祀るべき「祖先」があるのか否か、②「宦官世家」の家の性格について触れられており、発表者である猪原氏の今後の課題が明確に設定されていました。
 猪原氏の報告を受けて、青木先生が、「宋の概念」の地域的・時代的差違、豊島先生が中近世朝鮮の親族関係と女性を主なテーマとして、コメントを付されましたが、中でも「輩行(はいこう)」について、活発な議論が行われたことが記憶に新しいです。
 「輩行」とは、同じ世代に属する人が、父系の名前の一文字や部首を取ったりすることで、どのようにしてその文字を決定するのかなど、不明な点もあるとのことでした。また近年では、中国社会におけるネットワークにおいて、「林氏の会」など同じ姓を持つ人々が集まって色々な相談を行う機会が設けられているようで、こうした点も中国の「宗族」を理解する手助けになるのではないかと感じました。
以上簡単にまとめてみましたが、家族関係が希薄と言われる現代日本社会をより良い方向へ導く鍵が、こうしたテーマにはあるのではないかとも痛感しました。
 最後になりますが、今年も残すところあとわずかとなりました。昨年同様、院生による課題報告もございます。是非ともふるってご参加くださいますよう、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。(文責:鍵谷寛佑(事務局))

若手研究者交流会(2日目)

7月23日(月)

5.小澤一郎氏(東京大学文学研究科博士後期課程)
 「19世紀イランへの『武器移転』現象とイギリス」

小澤一郎氏

 小澤さんは、19世紀にイギリスからイランのガージャール朝に対して行われた武器と関連技術の移転について、特に民間兵器製造企業と強国化を目指す国家との間で発生した「武器移転」減少に着目しました。そして、イギリスとイランの国内事情や相互関係、また仲介者などを分析することにより、軍事史や技術史と世界史を結び付け、また現代にもみられる武器の拡散の歴史的背景に迫ることができることを提示し、研究の意義づけを行いました。


6.伊藤一馬氏(大阪大学東洋史博士後期課程)
 「北宋の軍事・対外政策――10~12世紀の東部ユーラシア」

伊藤一馬氏

 伊藤さんは、宋代の中国が「経済的・文化的優勢」と「政治的・軍事的劣勢」という2つのイメージによって語られ、両者が別個のものとして論じられている現状を踏まえ、特に軍事政策に焦点を当てて考察することで、北宋をユーラシア史の中に意義づけることをを目指しました。本発表では、北宋の遼・西夏・ベトナムの三方向の勢力に対する政策が相互に連動していたことを指摘し、このような国際情勢が経済や文化にも影響を与えたことを示しました。


7.久保田裕次氏(大阪大学日本史博士後期課程)
 「長江流域利権から見る近代日中関係」

久保田裕次氏


 久保田さんの発表は、大正時代における長江流域(特に漢冶萍公司や南潯鉄道)への日本の経済進出について、日本・中国・イギリスの関係性の中から考えるものでした。そこでは、現代にも見られる政治と経済の友好・緊張関係が乖離していることが指摘され、また中国側にも日本の経済進出を利用する動きがあったことが示されました。


 いずれの発表も口頭報告20分、質疑応答40分で行われたため、各報告に対してより踏み込んだ議論を行うことができました。そこでは特に「国を自明の単位としてみることの妥当性」や「現代から過去を見ることの意義」などがしばしば問題となり、それは個別の研究を羽田教授の提唱する「新しい世界史」へと接続する試みともなっていました。この2日間を通して、発表者や聴衆の各人が自身の研究の世界史的な意義づけについて考えることができたのではないかと思います。

 なお、次回の若手研究者交流会は翌年に大阪大学で行われる見通しです。本研究会としても、より実りある議論ができるように、ともに世界史理解の刷新を目指す羽田教授の研究会と連携していきたいと考えています。

研究会の模様
(研究会の模様。中央最奥の席に羽田教授)


(文責:猪原達生)

若手研究者交流会(1日目)

 去る7月22日(日)、23日(月)において、大阪大学歴史教育研究会は羽田正・東京大学東洋文化研究所教授のユーラシア科研研究グループの若手研究者と東京大学にて若手研究者交流会を行いました。この研究交流会は、4月に羽田正先生を本研究会にお招きして先生の近著『新しい世界史へ―地球市民のための構想』の合評会を開催したことが縁となって実現したものです。本研究会からは、発表者として伊藤一馬(東洋史博士後期課程)・久保田裕次(日本史博士後期課程)・中尾恭三(西洋史特任研究員)が参加し、またオブザーバーとして猪原達生(東洋史博士後期課程)・久野洋(日本史博士後期課程)・多賀良寛(東洋史博士前期課程)が参加しました。以下にその模様を写真つきでご紹介します。
 なお、発表の詳細につきましては、羽田正研究室「ユーラシアの近代と新しい世界史叙述」(http://haneda.ioc.u-tokyo.ac.jp/eurasia/72223.html)にすでに報告の概要が紹介されているので、こちらも併せてご参照ください。
 

7月22日(日)
1.諫早庸一氏(日本学術振興会特別研究員PD)
 「暦と帝国―モンゴル帝国における「時の統合」について―」

諫早庸一氏

 諫早さんは、モンゴル帝国が暦の統一を志向していたとする先行研究に対し、イル=ハン国の天文表を始めとする主にイラン語の様々な史料を再検討することで、「帝国による暦の統一が不可能であり、帝国の西方を統治したモンゴルもそれを理解していた」ことを主張しました。


2.後藤敦史氏(日本学術振興会特別研究員PD)
 「ペリーとハリスのあいだ―アメリカ北太平洋艦隊と日本開国―」

後藤淳史氏

 後藤さんは、日本の開国において一般的に重視されるペリーとハリスに対し、アメリカ北太平洋測量艦隊の司令官ロジャーズに着目しました。そして、彼の測量要求と幕府側の対応から、日米和親条約の解釈が日米両国で異なっていることを示し、本件が続くハリスとの交渉に大きな影響を与えた幕府の外交方針の転換点になっていたことを主張しました。



3.中尾恭三氏(大阪大学西洋史特任研究員)
 「ヘレニズム時代における外交と国家間ネットワーク―「パンヘレニック」な祝祭創設をてがかりとして―」

中尾恭三氏

 中尾さんは、ヘレニズム時代の国家間関係を考察するに当たり、特に本発表では多くのギリシア人ポリスから参加者を集めた祝祭の創設と普及に着目し、特に宗教的な中核地となったポリスが同時にポリス間のネットワークの中核としての立場を構築しようとしていたことを提示しました。


4.後藤絵美氏(東京大学教養学部非常勤講師)
 「「イスラームをどう語るのか」という問い―現代エジプトのヴェール着用者増加現象の再考を通して―」

後藤絵美氏

 後藤さんは、現代エジプトにおける女性のヴェールの着用について、それが聖典を直接の根拠とするのではなく、女性の「信仰心」をヴェールと結び付ける言説が強調され、それが社会に浸透したことによって女性がヴェール着用を選択せざるを得なくなり、結果着用者が増加したことを提示しました。


 2日目の模様については、次の記事をご参照ください。

ちがう視点からみるということ―57回例会に参加しての雑感

特任研究員の後藤敦史です。

2012年1月21日、本年最初の例会となる

第57回大阪大学歴史教育研究会例会

が開催されました。

青山学院大学の飯島渉先生からは、

「コロンビアン・イクスチェンジの環境史への含意」

というタイトルにて報告いただきました。勉強不足により、初めてお聞きするようなお話ばかりで、非常におもしろい報告でした。
コロンビアン・エクスチェンジ、つまり「コロンブスの交換」として、特にジャガイモやトマト、トウモロコシは歴史教育の現場でもよく取り上げられることの多い事例だと思います。僕自身、中学生の頃、先生がジャガイモを(わざわざ)持ってきて授業されていたことを覚えています。

さて、飯島先生の報告では、トウモロコシの事例が詳しく紹介されましたが、そのなかで、特に印象に残った言葉があります。農学者の言葉らしいですが、
「トウモロコシは、人間を利用することでその遺伝子を世界レベルに広めた」
という言葉です。
これは、基本的に「人間の歴史」を対象とすることの多い歴史学者には、なかなか思いつかない発想ではないでしょうか。どうしても人間を主語にして考えるために、人間がトウモロコシを世界規模で広めた、と考えがちです。しかし、トウモロコシの側からいえば、人間の手を利用して、種の世界規模での永存に成功したというわけです。

違う視点でモノを見る、ということは、歴史学に限らず、あらゆる学問の発展にとって重要なことです。
このことは、本例会後半の大学院生たちによる報告

「歴史人口学からみた日本の歩み」

とも密接に関わっています。
日本で歴史人口学の先駆けとなった速水融氏が、江戸時代の人口を検証する上で着目したのが、人別改帳、宗旨改帳という史料です。

戦後、日本近世史の発展を支えたひとつの大きな要因は、全国各地の村の古文書が精力的に調査されたということにありました。そのなかで、上記の人別改帳や宗旨改帳といった史料は、その村の当時の状況を再現する史料として補助的に利用されることはあっても、史料それ自体に着目されることはほとんどなかったといえます。現在でも、未整理の古文書の調査に着手すると、宗旨改帳などはよく見かける史料のひとつです。悪い言い方をすれば、要は、史料群のなかのよくある史料のひとつ、ぐらいの位置づけでしかなかったわけです。
ところが、速水氏はその宗旨改帳に着目し、誰もしたことのない全国規模での同史料の調査を実施することによって、日本近世における人口の動態を詳細に明らかにしてきました。そして、それは従来の江戸時代の、あるいは日本史全体のイメージを大きく揺さぶるものであったといえます。

歴史人口学は、従来あまりかえりみられることのなかった史料を、別の視角から分析することで発展してきた分野です。同様に、近年では日本近世史の分野で、宗旨改帳などと同じように「数ある史料のひとつ」ぐらいにしか考えられなかった「風説留」(世間の風聞や噂、あるいは出回っていた書類を書き留めたもの)に注目する研究が増えています。江戸時代に、人々はどのようなことに関心を持ち、どのようにニュースを得て、どうその情報を共有していたのか、ということが、詳細に分かってきたわけです。

「既成概念にとらわれない」―月並みな言葉ですが、僕も肝に銘じたいと思います。(文責:後藤敦史(事務局))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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