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大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
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「歴史基礎」のその後の状況と問題点について

 このブログをご覧の方は、日本学術会議の高等学校地理歴史科の改革案について、すでにご存知だと思います。8月3日に提言が出されましたが、提言の意味やその後の経過について私が知っていることを説明し、それにともなういくつかの問題点について私見を述べたいと思います。

 まず、日本学術会議の提言についてですが、これが「勧告」ということになりますと、当該官庁は必ず受け入れなければならないのですが、「提言」の場合は受け入れるかどうかは当該官庁にゆだねられるそうです。ですから、今回の提言が文部科学省に受け入れられるどうかは、提言の中身によるということです。

 提言のその後の展開について、私が分科会委員長の油井大三郎先生からお聞きしているところによりますと、10月中旬に、中央教育審議会の教育課程関連の委員の方や審議官、課長などの前で、学術会議の提言について報告されたそうです。同じく東京都の日本史必修化についての報告もあったそうですが、それと異なり学術会議提言についてはあまり厳しい質問はでず、教育課程全般の検討が始まったばかりのようで、地歴に集中して歴史基礎がよいのか、地歴基礎がよいのか、といった突っ込んだ質問はなかったそうです。最後に文科省側が今後の学術会議の審議予定を聞かれたようで、学術会議の動向をそれなりに気にしているとのことでした。一緒に地理の先生が地理基礎の説明をされ、地理では高校の先生方に地理基礎の実験を行う研究開発校を増やすように働きかけることで、地理基礎の実現性を高めるようにしようとしているようで、歴史教育でもそのような動きがでるとありがたいとのことでした。

 また提言に記されている「関連学会の主導による重要用語を厳選したガイドラインの作成」について、東南アジア学会では桃木至朗先生と東京外国語大学の青山亨先生を中心に、重要用語を選定してレベル別に解説をつけたガイドラインを作成するという研究プロジェクトが計画されています。先ほどの研究開発も含め、東南アジア史についての用語の選定やレベル分け(歴史基礎・センター試験・難関大学入試向け)などにつきまして、大阪大学歴史教育研究会に関係されている先生方にご協力いただけますとありがたいです。

 以上のような状況の中で、歴史基礎について最も考えなければならないことは、現在提起されている3案を一本化することであり、このことがなされなければ折角の提言も文部科学省の棚の上に積まれるだけになってしまう恐れがあります。私は今回のシンポジウムで歴史基礎について、「20世紀史」として提案しました(1)が、私自身30年近く世界史の教員であり、多くの高校で講義形式中心の授業が行われている現状を考えると、これが最善と考えておりました。しかし、今年奈良教育大学で中学校社会科教育法を担当することになり、11月中旬に東京都の上野中学校で開かれました全国中学校社会科教育研究大会での公開授業とその際の中尾敏朗教科調査官の講演を聞き、別の選択肢もあるのではないかと考えるようになりました。

 教科調査官の話によりますと、中学校での歴史的分野の目標は「我が国の歴史の大きな流れ」を理解させることであり、そのために「各時代(古代・中世・近世・近代・現代の日本)を大観し表現する活動を通してその特色をとらえさせる学習」が重視されるということになっているそうです(2)。中学校の歴史教育がそのように行われますと、その延長で実施されることになる高等学校の歴史基礎について、私は3年前のシンポジウムで桜井由躬雄先生が提起された世界史の中で日本史を加えるという考え(3)が、妥当ではないかと思うようになりました。とはいえ、あの会場で多くの高校教員が懸念したのは、2単位で日本史を組み込んだ世界史が可能かということだったのですが、中学校での歴史的分野の動向を考えますと、逆に高校の歴史基礎では、古代の世界・中世の世界・近世の世界・近代の世界・現代の世界を大観し、その時代の特色をとらえる学習というものも必要ではないかと現在考えており、そのためにはどのような世界史像が考えられるかということに今後挑戦していきたいと考えております。

 この点について、最近羽田正氏が『新しい世界史へ』という本を書かれ、「新しい世界史の構想」について提案されています。私もこれまでのヨーロッパ中心史観の色濃い世界史像に代わる新しい世界史の構想という考えには賛成ですが、そのために羽田氏の構想の枠組み―人間集団を単位とするとか時系列史にこだわらないなど―を押し付けられますと、それ以外の構想は否定されてしまいかねません。新しい世界史では世界の見取り図を描くという一点のみで多様な試案を認めてもらわないと、羽田氏以外にはどのような試案も許されないということになってしまいそうだという懸念を抱いています。

 ところで、この歴史基礎について、高校(特に進学校)の先生方から大学受験科目にすべきだという意見があります。しかし、私の考えはそれに否定的であり、北海道高等学校世界史研究大会で油井先生が話されたという「大学受験から離れて自由に学ばせたい」という言葉に賛成だということです。それでは生徒は世界史を学ぼうとせず、「世界史未履修」の二の舞になると言われるかもしれませんが、11月下旬「地歴科総合科目」の研究開発をしている京都府の西乙訓高校で、川北稔先生の講話がありましたが、その際に川北先生は、必修とされたときの世界史の理念と現在実際に行われている世界史との間には大きなずれがあるとおっしゃいました。21世紀を生きる若者にとり必要な世界史とは、現在生じている諸問題を考えていく上で役に立つ世界史の見方であるのに、実際には古い時代の細かな知識が教え込まれており、これこそが世界史教育の大きな問題であるとのことでした。

 昨年、高校3年生は全国で100万人くらいいましたが、そのうちセンター試験で地理歴史科を受験する生徒は約37万人、うち世界史受験者は約9万人でした。世界史を受験する生徒のために、必修である世界史では古代や中世を教え、その後受験する生徒のために選択で近世以降を教えるというのではなく、全ての高校生が学ぶべき世界史とは何かということを我々は真剣に考えるべきではないでしょうか。今回の学習指導要領では、日本史は中学校までの社会科で学んでおり、その積み上げで高校では世界史を学習することが歴史学習の系統性から望ましいということで、地理歴史科で世界史はなんとか「必修」となりました(4)。しかし、次の学習指導要領では、今までのような世界史の教え方を変えない限り世界史が必修であることはまず無理(5)だという厳しい認識を持つべきだと思います。高等学校の教育課程を議論する中央教育審議会教育課程部会は、あくまでもすべての高校生にとって必要な教育内容を考えているのであり、受験生のための教育課程を考えているのではないということを強く意識すべきです。それで、歴史基礎が未履修の二の舞になるということでしたら、もはや地理歴史科に必修科目をおかず、すべて選択科目にすればいいと思います。ただそうなると世界史を選択する生徒がどれほどいるだろうかと考えると、正直いって私は高校世界史の将来に暗澹とした思いを持ちます。中学校で日本史中心の学習が今後も行われますと、現在東南アジア史についてしばしば指摘される「複雑でわかりにくく」「馴染みがない」という言葉(6)は、やがて世界史に当てはまる言葉のように私には思われます。そのような状況ですので、なおのこと私は高校教育で世界を知ることの必要性を主張したいと思っており、そのために歴史基礎のような必修の新科目に期待している次第です。

 私が大阪大学歴史教育研究会に参加されている高等学校の先生方にお願いしたいことは、2単位の世界史A(もしくは必修としている世界史B)で、世界史をどう教えるかという事例を提供していただいて、その問題点を共有し、今後のあり得べき世界史像を考えていきたいということです。現役を去ったものが勝手なことばかり言っていると思われるかもしれませんが、何度も申し上げているように、そうしないと高校世界史の将来はないという危機感から申し上げていることですので、どうかよろしくご理解いただけますようにお願いいたします。(文責:中村薫(芦屋大学教授))


(1) 中村薫「日本学術会議における地理歴史科の科目改革案について―高校教員へのアンケートを中心に―」『学術の動向』2011年9月号、日本学術協力財団、37頁。
(2) 文部科学省『中学校学習指導要領解説―社会編―』日本文教出版、2008年、10~13頁。
(3) 桜井由躬雄「歴史基礎科目創設の可能性について」『学術の動向』2008年10月号、日本学術協力財団、29~31頁。
(4) 安彦忠彦編『高等学校新学習指導要領の展開―総則編』明治図書、2009年、20~21頁。
(5) 原田智仁「世界史教育の再生は可能か―世界史リテラシーの視点から―」『社会系諸科学の探究』法律文化社、2010年、102~105頁。
(6) 2年前に実施した「世界史授業における東南アジア学習」についてのアンケート結果から。なお、このアンケートの結果については、『総合歴史教育』第47号に2012年3月掲載予定である。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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