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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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宗教史を教えるポイント

 事務局員だけでなく、世話役の大学教員も記事を書かせていただくことになりました。トップバッターは代表の桃木です。

 日頃書きたいことは自分のブログ(ダオ・チーランのブログ・パシフィック)に書いてしまっているので、今回なにを書くか困っていたのですが、先週西田さんが宗教を教える際の問題点についてとても大事な記事を書いてくれたので、それをフォローして、いくつかの教え方(考え方)のポイントを紹介しようと思います。例によって、専門外の分野に関する図々しい知ったかぶりですが。いずれにしても、歴史教育に限らないことですが、宗教と軍事の2領域は、戦後教育が目を背けてきた面があり、当初はそれが当然だったとしても、現在ではその弊害が出てきているように思います。

1.教義や思想だけで宗教を教えてはいけない。
 宗教を教義や思想だけで教えるのは、「政教分離」が当然になった近代になって生まれた「偏見」だろう。別の言い方をすれば、教義や思想で宗教を理解するのはインテリのやることで、庶民の信者がみんなその宗教の教義をきちんと理解しているなどということはありえない。現在の歴史の学習目的が19世紀的なインテリの教養の習得ではない以上、教義偏重の教え方は是正されるべきだろう。一例をあげれば、近世東アジア諸国に共通の特徴として、「儒教の大衆化」がおこっている。「ムラの儒教」や「町人の儒教」が成立し、ついでに言えば儒教が想定するような父系家族・親族制度や婚姻制度が庶民の間まで一般化したのだ。そのことを教えない一方で「性即理」「心即理」などという超ムズカシイ理屈を暗記させるような世界史教育は、はっきりと間違っている。

 では前近代の宗教とはなんだったか。それは広い意味では一般に、生活のすべてである(そこでは死後の魂の救済だけでなく、「現世利益」を願うのも。異常でも何でもない当然の行為である)。宗教が生活のすべてであるのは、ユダヤ教やイスラームについてだけではない。もちろん、王権との関係、他の宗教との関係などがあるから、特定の宗教が実際に社会生活のすべてをカバーすることはめったになく、中国の「儒仏道+民間信仰」、日本の仏教と神道のような「分業」もふつうにおこなわれるのだが(イスラームですら生活のすべてを実際にカバーせず、「啓典の民」に限らない異教徒の存在を不可欠としていることは、今や常識だろう。今月の歴教研月例会での、暦に関する院生報告もそれを明示するはずである)。ついでに言えば、一神教が正常で多神教はおかしいような言説(それの亜流が一神教を基準にするがゆえに成立する「神道は宗教でない」という言説)もよく見られるが、まったく根拠のない偏見にすぎないばかりか、日本を含む現代の多神教社会のあり方を見えなくする点で完全に有害である。

 狭い意味での宗教についても、大事なのは教義そのものよりも、冠婚葬祭とか年中行事などの儀礼であることが多い。たとえば儒教では、「仁」とか「孝」など思想を持っているだけでは意味がなく、態度・行動にあらわさねばならない。そのルール・パターンが「礼」である。中国哲学の加地伸行教授は儒教とは祖先崇拝だとした。ベトナムでは儒教とは「三綱五常」つまり人間関係の原則だと教えているようだ。

2.前近代=宗教、近代=科学と単純に二分はできない
 イスラームの学問がヨーロッパ近代科学成立の重要な前提になったという話が示すとおり、前近代の人々がひたすら迷信の中で生きていたわけではないのは当然だ。

 では逆に、近代人は宗教に関係なく生きているだろうか。あるいは現代社会の理解に宗教の知識は無用だろうか。そう考える人はたいてい、近代西欧のプロテスタント社会を「正しい近代社会」と考え、同じキリスト教でもカトリックや正教は遅れたものと考えている。しかしその考えは、プロテスタントの宗教心を軽視する点でそもそも間違っているし(19~20世紀の世界では、プロテスタントが猛然と布教活動をしているし、有名な科学者でも篤い信仰心をもつ人は少なくない)、かりに西欧社会がある程度理解できたとしてもアメリカ合衆国が理解できない。「進化論を否定し天地創造を今でも信じている人たちが動かす超近代的国家」アメリカを理解するには、宗教(キリスト教)のより複眼的な理解が必須である。庶民はもちろんインテリでも(もしかしてインテリこそ)科学や人智をこえた現象――自然界以上に、人間社会にはそうした現象が満ちあふれている――がなくならない以上、宗教から離れられないのではないか。カルト宗教にひっかかるエリート大学生があとをたたないのは、そういう面にフタをしてきた教育の弊害だろう。

3.宗教組織を総合経営体として教えねばいけない
 主要宗教の宗派や教団のことは、歴史教育でそれなりに教えられている。しかし、通常それは宗派対立や宗教戦争などのマイナスイメージをともないがちである。だが、とくに国家組織や各種のコミュニティが未熟な(個人の自由がないからといって国家や共同体が「強かった」と短絡してはいけない。それは多くの場合、宗教の力を借りねば維持できない「弱い」存在だった!)古代・中世にあっては、宗教組織の多様な役割は社会・国家の維持・発展に重要な意味をもっていたのだ。

 宗教は教義だけではないと書いたが、それにしても宗教教団の中にはたいていものすごいインテリがいる。たとえば古代のムラ社会で、貴族の家柄などに属さない「神童」がいたら、お寺や教会に送って勉強させたのではないか。王家や貴族でも、次男以下や女子なら同じことがあったろう。中国のように官僚組織が高度に発達していればそこがインテリの受け皿になるが、そうでない社会では、多くのインテリが宗教教団(たとえば修道会)に属することになる。そこで「スコラ哲学」「朱子学」など宗教・思想面に限らない、さまざまな学術が発達することになる。仏教経典の漢訳をした僧侶、アジアに来たイエズス会の宣教師などは、語学の天才揃いだった。日明貿易の通訳など中世日本の外交を禅僧が担ったのも同じ理屈である(その最後が毛利家・豊臣政権の外交僧安国寺恵瓊と、徳川家康の外交顧問の金地院崇伝。その後幕府の外交機能は、儒学の林家に奪われた。近世日本における仏教の後退――「葬式仏教化」の重要な一コマである)。

 宗教は王権や世俗社会との関係で、自分を飾る美術・建築や、また儀礼などを必要とする。そこで、その時代を代表する美術作品や芸能は、世俗社会でなく宗教教団に属することになりがちである。

 宗教者は生産活動には携わらない場合が多いが、しかし食わねばならない。世俗社会の側でも、そうした宗教者を「食わせる」つまり土地や財物の寄進することが、来世の幸福だけでなく現世での自分の威信を高めるから、積極的に寄進をしたり宗教儀礼のスポンサーになる(儀礼に動員された平民や奴隷は、酒食の振る舞いにあずかるだろうし、救済の可能性も与えられるから、儀礼は公共事業の意味を持つ。他方、儀礼が芸能・娯楽の発達につながることも当然である)。教団側にも、もらった土地や庄園の経営、儀礼などのマネージメントをする専門家が置かれることがよくある。寺院が金貸し(社会に必要な職業)を営むことも珍しくない。

 もうひとつ、近代資本主義のエートスが浸透する以前には、権力者であれ商人であれ、他人との取引で悪どいことをするのは当たり前だった。しかし神様や仏様の前ではそれははばかられる。寺院の境内などで市が開かれることがよくあったのは、イスラームなどで敬虔な信徒である商人が布教に活躍できたことと同様、世俗の人々には期待できない公正な取引がおこなわれたからである。中世日本では、海上商業の発達とともに、港町に禅宗ネットワークが広がった。

 宗教組織は、教義にもよるが自分と自分の土地や財産を守るための武力をもつことも珍しくなかった。少林拳のような武術が寺院で発達するのも、別におかしなことではない(それは他方で、不老長寿の追求などによる健康法の発達ともつながる)。中世前期(院政~南北朝期)日本の権力構造のモデルとして黒田俊雄氏(当時阪大教授)が唱えた「権門体制論」は、公家、武家、寺社のそれぞれが(内部には複数のグループをかかえる)荘園などの経済基盤と独自の軍事力をもち、ゆるやかに連合する姿を描いたものだったが、古代・中世の世界では、そうした「総合経営体」としての宗教組織は当たり前の存在だったのだ。「宗教改革」など近世以降の動きは、それを解体し、世俗国家の側だけにすべてを取り込もうとするものだった。(文責:桃木至朗(研究会代表))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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