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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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神奈川県高等学校教科研究会・社会科部会歴史分科会高大連携の試み~「ウェスタンインパクトをどう教えるか」

まず最初に、ブログの更新が遅れたことをお詫び申し上げます。
前回のブログ創設の挨拶の中で、「原則週一」と書いておきながら、いきなり三週間も空いてしまいました。
一週遅れであれば、「あれは盆休みです」などと言い訳できるのですが、さすがに二週遅れてしまうと頭を下げる他ありません。
今後は極力このようなことがないように努力したいと思います。

さて、今日のお題ですが、8月1日から3日まで、神奈川県鎌倉市の栄光学園で開催されました、神奈川県高等学校教科研究会・社会科部会歴史分科会高大連携の試み~「ウェスタンインパクトをどう教えるか」の参加報告です。
この研究会は阪大歴教研の活動とも密接な関係があり、今年も桃木先生・秋田先生と東京大学の杉山先生が模擬授業を担当していることもあって、私岡本も参加することになりました。
もっとも、この研究会については、既に桃木先生がほぼリアルタイムの情報として、以下のブログエントリを挙げておられますので、まずはそちらを御参照ください。
「神奈川の研究会」
「神奈川の研究会(2)」
「神奈川の研究会(3)」

3日間にわたる研究会は日毎に個別のテーマを設定し、午前は高校生対象の模擬授業を高校教員と大学教員がそれぞれ行い、午後は教員限定で模擬授業の内容に関する議論を行うという形で進められました。
それぞれの日の午前に行われた模擬授業を簡単にまとめると、以下のような内容になります。

一日目:8月1日(月) 「ロシアのアジア進出と東アジア世界」
石橋功「ロシアの東方進出に関して」
石橋先生の授業では、「ロシアの東方進出」に関する固定観念を覆す内容、特にロシアが西洋列強だったのか、日露戦争はロシアの朝鮮進出を阻止するための日本の防衛戦争だったのかという点について解説がなされました。また国民国家を前提として提示されてきた歴史観を相対化するため、主権国家の問題と人種の問題が取り上げられました。さらにロシアという国に対する日本でのイメージを歴史を紐解きながら解体しつつ、現在の日ロ関係について考える手がかりが提示されました。
杉山清彦「ロシアのアジア進出と東アジア世界」
杉山先生の授業では、まず冒頭で「ウェスタン・インパクト」という近代史の捉え方について、その問題点と限界について触れた後、18世紀までの延長として19世紀の「中国」を理解することの必要性が示されました。清帝国とロシア帝国の成立過程と帝国の構造について確認した後、17世紀以来の清露関係の変遷をジュンガル帝国の存在と絡めつつ解説がなされ、最後にまとめとして軍事力と人口圧による力関係の逆転とそれに伴う中央ユーラシアの「辺境化」、「帝国」から「国民国家」への転換とその中で「中国」という枠組みが創出されたということが、「近代」に起きた変化として提示されました。

二日目:8月2日(火) 「イギリスのアジア進出と南アジア世界」
神田基成先生「イギリスのアジア進出と南アジア」

神田先生の授業では、ムガル帝国衰退期のインド、イギリスのインド進出、インドの植民地化、それに対するインドの反応のそれぞれについて、イギリスのインド植民地化の過程が系統的に解説されました。特に後半では、イギリスのインド統治がインド社会にどのような影響を与えたのか、またそれに対してインドの知識人達がどのような反応を示したのかについて、詳細な内容が示されました。授業の進め方としては、穴埋め式のプリント資料を用いつつ、ポイントについては簡潔な文章による「まとめ」が提示されました。
秋田茂先生「近代化とナショナリズム、帝国」
秋田先生の授業は、自動車産業などで知られるタタ財閥に代表される現代インド経済の躍進を足掛かりにして、その歴史的基盤を用意したインド近代史を国際的な経済構造を軸に読み解いていく展開となりました。植民地化以降におけるインド紡績業の「復活」と発展、綿産業をめぐる日印関係の展開、インドの経済ナショナリズムと独立運動の連関、英印経済関係の「本質」と金融面の重要性などを通じて、インドの近代化に対する従来のイメージを一新する内容が提示されました。

三日目:8月3日(水) 「フランスのアジア進出と東南アジア世界」
福本淳先生「フランスの進出と東南アジア世界」

福本先生の授業では、まずベトナム史を扱うに当たって必要な、ベトナムという国に対する基本的な情報が提示され、そのイメージについての整理が行われました。その上で「ベトナムにとってのウェスタン・インパクト」の概説として、15世紀以降植民地化に至るまでのベトナム史をフランス侵略以前と以後に分けて、体系的に解説がなされました。「東遊運動」など、19世紀末~20世紀初頭のフランス植民地期初期の独立運動について確認した後、最後にベトナムの小中華思想とキリスト教の問題に触れ、さらに調べるための文献やDVDなども紹介されました。
桃木至朗先生「フランスのアジア進出と東南アジア世界」
桃木先生の授業では、まず導入として、ホー・チ・ミンの独立宣言を紹介し、その中で用いられている論理を足掛かりにしつつ、東南アジアを念頭に置いた植民地支配の歴史の基本的な流れが整理されました。その上で、西山朝から阮朝に至る段階でのフランスとの関わり、阮朝期の国際関係と通説とは異なる「小中華」主義の捉え方、フランス領インドシナの歴史とその中でのベトナムの独立運動の展開について、複眼的な理解が提示されました。最後にこれからの日本の歩む道を模索する上でアジアの歴史への理解が必要であることを、アンガス・マディソンのGDP推計と未来予測を用いて確認されました。


午後の研究会の内容については、議論の内容があまりにも多岐にわたるため、ここではいくつかのポイントについて簡単な感想を述べるのみに留めたいと思います。

まず、初日に杉山先生がいきなり核心を突く問題提起をされた、「ウェスタン・インパクト」の図式をめぐる問題について。
この「ウェスタン・インパクト」の認識については、高校教員側と大学教員側とで、大きく認識にズレがあったことは、恐らく模擬授業に参加した高校生たちも肌で感じていたことと思います。
私自身もやはり大学教員側の立場ですので、杉山先生がおっしゃったような「「西洋」が「アジア」に衝撃を与え、反応が起ったという受け身の図式」に対しては、強い違和感を覚えます。
今回それぞれのテーマとして取り上げられたロシア・イギリス・フランスのいずれについても、「ウェスタン・インパクト」が到来したとされる19世紀以前の時代から既にアジアには「進出」していたわけですが、「ウェスタン・インパクト」というインパクトのある概念を全面に押し出してしまうと、それ以前のヨーロッパ人の活動、そしてもちろんアジア側の人々の活動の持つ意味が過小評価される、あるいは見えなくなってしまう危険性があるように思います。
ただし、19世紀という時期にアジア、というより世界全体で非常に大きな構造変化が起きたこと、その後の世界各地でヨーロッパ由来の制度や文物・価値観が程度の差こそあれ受容されるようになったことも、また間違いのない事実です。
この19世紀の構造変化について思いつくままに挙げてみると、(1)軍事力・人口などのパワーバランスの変化、(2)グローバルな経済発展に伴うモノの流れの変化、(3)主権国家・国民国家への移行に伴う制度的変化、(4)人々の社会観念・価値観の変化、などに区分できると思われます。
これらそれぞれの側面が一律に変化していったと言うよりは、ある側面における変化(特に(1)・(2))が起きたことで、それに連動する形で他の側面の変化が促された、あるいは自ら選択したというのが実態に近いのではないでしょうか。
そして、(1)や(2)の変化にしても、それは決してヨーロッパのみによってもたらされたわけではない、ということは高校生も知っておくべき重要な知見と言えるでしょう。
いわゆる「近代モデル」が行き詰まりを見せつつあるこれからの日本、そして世界にとって、今当たり前だと思い込んでいるこの現代世界の構造を相対化する上でも、この「ウェスタン・インパクト」の捉え方は重要なポイントだと思われます。


それから、特に三日目の午後の討論で言い尽くせなかったいくつかの論点について、補足しておきたいと思います。
まず私が一日目に触れた、「東アジア世界」をどう捉えるかという問題について、討論では主に19世紀以前とこれからの未来展望の中での意義が述べられましたが、それを踏まえて整理すると以下のようになると思います。
(1)19世紀以前の「東アジア世界」:いわゆる西嶋定生氏による「冊封体制論」、あるいは「漢字文化圏」として理解される範囲だが、当日杉山先生が詳細に解説された通り、中国側の視点から見るとこの範囲では地域世界として完結しない。むしろ中央ユーラシアの各勢力と中華王朝との相互作用が中国史にとってはより重要であることを考えると、「東アジア世界」を前面に出すことで見えなくなる部分の方が大きいのではないかというのが、近年の研究動向。
(2)近代~現代における「東アジア世界」:実は私がコメントで触れたのはこの部分。ただ発言の仕方がまずく、あまり議論の対象にはならなかったのは残念。下で述べられる(3)の話と繋げる意味でも、この部分をより明確に描くことは重要だが、「歴史認識」の問題の焦点になる時代でもあり、相当の困難があるかも知れない。
(3)近い将来における、より広い範囲での「東アジア世界」:秋田先生や桃木先生がアンガス・マディソンの推計を用いて力説された部分。これからの世界を切り開くための歴史を考えると、中国・インドなどを含むより広い地域概念としての「東アジア世界」(あるいは東ユーラシア世界とでも言った方がより適切か)を設定して、その中での歴史展開を考えていく必要がある。この場合、「漢字文化圏」云々は最早問題にはならず、グローバル経済を前提としたより緩やかな相互連帯が基調となるのだろう。

ただ、このように整理すると、前近代史と未来をつなぐ(2)の部分の内容の充実が不可欠となりますが、容易ではなさそうです。

また、「冊封体制」については既に今年5月の歴教研月例会でも扱いましたので、まずはそちらを御参照ください。
大阪大学歴史教育研究会・2011年度の例会・【第51回例会】岡本コメント報告資料

この他、穴埋め形式・暗記推奨の是非についての問題は、8月5日(金)に札幌で開催された北海道の方の研究会でも話題になりましたので、また改めて考えてみるつもりです。(文責:岡本弘道(事務局))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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