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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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グローバルヒストリー研究とアーカイヴ

 筆者は、現在アメリカの首都ワシントンDCに短期(2週間)滞在中で、郊外のメリーランドにある米国国立公文書館(NARAII)に通い、1950-60年代の米国国務省文書を調べている。そもそも、イギリス帝国史研究を専門としてきた私が、なぜNARAIIに通うことになったのか、グローバルヒストリー研究の在り方とからめて考えてみたい。

 筆者がここNARAIIで調べているのは、1950年代末―60年代初頭の、アメリカの対インド経済援助政策に関する公文書(経済外交文書)である。アイゼンハワー政権と、1961年に発足した民主党ケネディ政権の時期に相当する。この時期のインドは、第二次―三次五カ年計画を実行・立案する過程で、深刻な外貨不足による金融危機に陥りかけていた。その危機を救ったのが、1958年から始まる、世界銀行を提唱者とした「インド援助コンソーシアム」の活動であった。戦後のアジア国際経済秩序を考えるうえで、このコンソーシアムの活動は決定的に重要で、日本もその創立期からのメンバー(援助国)であった。

 筆者が知りたいのは、この時期のインド側の対応とイニチアティヴであり、ネルー政権の経済外交とアジア国際秩序との関連性である。

 その問題を考えるには、当然、インド側の第一次史料の検討が不可欠であり、筆者も、この2年間で3回、インドのデリーとプーナで史料調査を行った。デリーのインド国立公文書館(National Archives of India)には、インド外務省と大蔵省の史料があるはずである、と考えて調査に着手したものの、実際には、なぜか重要文書は、各官庁から公文書館に移管されておらず、目録にあったとしても実物は閲覧不能な文書が多い。インドのアーカイヴでの第一次史料調査には、なぜか日本大使館の推薦状の提出を求められ、その入手だけでも時間を要するのに、せっかくアーカイヴに入れたとしても、理由が明確でないまま閲覧不能な文書が多く、非常にフラストレーションがたまることが多い。

 今回のテーマに関して、ある特定個人の個人文書(Private Papers)を探す必要が生じた。インドの友人や専門家に助言を求めたが、その所在がなかなかわからず、2度目のデリーでの滞在の最終日、帰国の3時間前に、ようやくネルー記念図書館でそれを見つけたが、時遅しで、その全貌をつかむには、三度目のデリー調査を待たねばならなかった。昨年12月の三度目の調査で、ようやく念願の個人文書に本格的にアクセスできた。10日間、集中的に閲覧・調査を行ったが、その過程で、その個人の外交官(駐米大使)としての重要な活動の部分は、なぜかほとんどカットされ、わずか2点のファイルしかないことが判明した。またもやの失望感である。この問題を解決するには、インド側の史料に頼るのではなく、逆に、アメリカ側からの史料調査に頼るしかないことが、ようやく明らかになったのである!なんと時間がかかったことか。海外(ジュネーヴ)で活躍するインド人研究者との交流・情報交換でも、同じ助言を与えられ、廻りに回って最終的に、このアメリカ・ワシントンの公文書館でのリサーチにたどりついた次第である。

 以上、長々と印米両国のアーカイヴでの史料調査の過程を述べたのは、新たな世界史研究であるグローバルヒストリー研究にも、歴史研究の常道として、近現代史の場合は、アーカイヴをベースにした史料調査が不可欠であることを強調したいためである。

 グローバルヒストリーという新たな研究領域が開拓され、徐々に定着するにつれて、当然、既存の研究領域・方法との差別化や、オリジナリティをどこに求めるのかが問題にされるようになった。グローバルヒストリーの研究課題の設定自体が、学際的、分野・地域横断的なものであるため、第二次文献(さまざまな研究書や論文)の徹底した再検討と研究史の読み直しを通じた研究で十分である、という意見もあるが、筆者は、そうした安易な態度には批判的である。歴史研究として評価されるには、やはり、第一次史料の調査を含めた、アーカイヴでの研究が不可欠であろう。第一次史料を組み込んだ、論文や著書の執筆が、今後のグローバルヒストリー研究の進展には不可欠である。

 こうした信念と方法論に基づいて、筆者は、上記のような世界各地のアーカイヴでの一次史料調査を重ねている。この地道な史料調査の結果を、どのような文脈と研究の射程に位置づけるのかが、グローバルヒストリー研究の勝負どころとなる。

 こうした研究方法には、時間と資金(お金)、さらに精神的・肉体的な忍耐力が必要である。資金面では、科研費等の外部資金の獲得が不可欠となり、そのための申請書類の書き方や、共同研究の方法論も身につける必要があろう。若手の人にも、各種の外部資金への積極的なアプライを勧めている。シニアの研究者には、自分の研究時間の確保、集中的に史料の探索や研究に没頭できる時間が必要になる。

 こうした諸条件をクリアーして、晴れてアーカイヴでの研究に従事できる機会を確保できればしめたものだ。苦労も多いが、楽しいこともいっぱいある。筆者の場合、インドでのアーカイヴへのアクセスには苦労するが、いったんたどりつき、現地のアーキヴィストと仲良くなると、劇的に待遇が改善される。個室の提供を受け、毎日のランチだけでなく、日に二回のティータイムでもチャイで接待されるなど、多くの恩恵を受けた。史料の収集には限界があっても、人間的なつながりを通じて、次の調査につながる契機が得られる。

 他方、ここワシントンのアーカイヴは、慣れてくると天国のような快適さと効率で、史料調査を進めることができる。市内からの無料のシャトルバス、週三回夜9時までの開館、自由な写真撮影やコピー、専門のアーキヴィストにより情報提供など、インドと比べるとストレスが少なく研究に没頭できる環境が整備されている。昼のランチタイムには、内外の研究者との交流や情報交換もでき、新たに教えられることも多い。

 以上、筆者の限られた経験に基づいて、グローバルヒストリー研究の在り方の一端とコツを紹介した。こうした研究の成果は、日本語や英語の研究論集(専門書)、一般向けの新書(中公新書)として、公表する予定である。

 最近、新たな世界史やグローバルヒストリー研究の在り方をめぐって、議論が盛んである。昨年末に東大の羽田正氏は刺激的な新書を出版された。同書は、研究の方向性と問題点、課題を鋭く指摘した「マニフェスト」としては優れているが、研究の中身はまだ詰めきられていない。グローバルヒストリー研究は、マニフェストや議論の「空中戦」を超えて、第一次史料を取り込んだ、具体的な歴史解釈を提示する段階に進むべきであろう。(文責:秋田茂(大阪大学大学院文学研究科教授))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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