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世界史と日本史のあいだ

 3月27日に高校教科書の検定結果が公表されました。そこで、教科書絡みの話題を一つ。

 今年に入り、牧野雅司君の学位請求論文『明治維新期における日朝関係の変容』を読むことになった関係で、岡本隆司氏の『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会、2004年)第一章と『李鴻章』(岩波新書、2011年)に目を通しました。興味深い内容で一気呵成に読み終え、ようやく宿題を終えた気分です。

 ところで、かねがね日本史の教科書において、日朝修好条規により日本が朝鮮を開国させたと記されていることが気になっていたのですが、岡本氏の著書には日朝修好条規に関して朝鮮の「開国」といった表現が出てきません。

 この点に関する世界史教科書の内容は近年大きく変わってきています。たとえば、川北稔他『新詳世界史B』(帝国書院、2008年)では、それまでの記述を全面的に書き換え、「日本は1875年に軍艦を朝鮮近海に派遣して圧力をかけ、江華島で交戦するにいたった。この結果、翌年の日朝修好条規で釜山など3港の開港と領事裁判権などが決められた。清朝は日本の動きを警戒して介入し、李鴻章の勧めを受けた朝鮮は、1880年代に西洋諸国とも条約を結び、日本以外とも外交関係をつくりはじめた。」とあります。岡本氏の著書の影響でしょうか。ここにも「開国」の語はありません。

 確かに、日朝修好条規の交渉過程で、日本側が求める最恵国待遇を定めた第12款は、他国と条約を締結する意志がないとの朝鮮政府の主張によって削除されています(三谷博・並木頼寿・月脚達彦編『大人のための近現代史 19世紀編』東京大学出版会、2009年)。朝鮮政府にとって日朝修好条規は、日本に限って新たな外交関係を結ぶための条約でした。「開国」を「鎖国」の対義語だとすると、鎖国の維持を念頭に日米和親条約を締結した江戸幕府の場合も、「開国」の語を使用することに慎重であるべきかも知れません。ただ、欧米列強と相次いで外交関係を結んだ日本と異なって、朝鮮政府にその意志はなく、日朝修好条規締結により開国したと言えるような状況ではなかったのです。

 日朝関係をめぐる教科書記述は、私が高校生だった頃とは様変わりしています。しかも、当初は「京城」を使わないといった、植民地支配に由来する問題点の見直しに主眼があったのですが、日朝修好条規の評価に見られるように、東アジア史的視点から日本史での評価を問い直す地点にまできた感があります。

 現在進んでいる教科書改訂で、「世界史と日本史のあいだ」はどう埋まるのでしょうか。(文責:飯塚一幸(大阪大学大学院文学研究科教授))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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