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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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研究会に参加する「若手」教員として

 甲陽学院中学校・高等学校の片岡太郎と申します。私の普段の教員生活で感じることを書いていきたいと思います。

 甲陽学院の社会科では、中学校・高等学校の校舎が大きく離れ、数年前まで高校入試を行い、高校からの生徒もいた関係で、中学校の社会科では特に授業内容に制約を設けず、担当教員が各自考え、社会科に興味を持つことを主な目的として授業を行っています(大学入試に向けて…、ということは高等学校からの生徒が合流してからやろうということです。現在は高校入試がなくなったので、見直しをする必要があると考えてはいるのですが…)。このような中で、私は授業を行っているのですが、生徒の考える「歴史の授業」とは何かということを考えさせられることが度々起こります。例えば、今年度の授業の中で長篠の戦い(設楽ヶ原の戦い)に触れた時に、火縄銃の実物(登録はしてあるのですが、なぜ勤務校にあるのか分からず、実用品だったかどうかは疑わしいのですが…)を生徒に見せながら、世間一般でよく知られる「織田軍の鉄砲3000丁」による「鉄砲の三段撃ち」や「武田騎馬軍団」は存在を否定する説が多くあるといったことを話しました。世間一般の説を否定するような論を説明すると、大半の生徒は論理的であるし、当時の記録に書かれていることの全てが真実ではないと考えるなら妥当だという反応をしました。ただ、後日ある生徒から、僕の中の歴史のロマン的なものを打ち壊さないで下さいという苦情を受けました。彼は、歴史学とは歴史的な事実に基づいた学問であるということは、重々承知してくれていたのですが、その一方で、実物の火縄銃を見て、触っているのだから、わざわざ歴史小説や大河ドラマ等にみられる歴史のロマン的な要素をわざわざ否定しなくてもということでした。中学校での歴史の授業は、歴史学に基づいたものであるべきものである一方、社会科への興味を持たせるという目的を考えると、「歴史の授業」では彼のような考え方も上手に組み込みながら授業ができればと考えます。

 また、授業を進めながら授業の内容をいかに生徒にとってリアルなものにするかと考えさせられることもしばしばあります。前述の授業とは別に、今年度は院政期の日本についての授業をしたのですが、その中で今年のNHKの大河ドラマ『平清盛』について話をする機会がありました。そもそも大河ドラマに興味はないという生徒や、どこで聞きかじったのか、画面が汚いといったことや、登場人物の行動が平安時代の格好をしただけの現代人の行動にすぎないといった感想を述べる生徒もいました。しかし、生徒の中には出演者の殿上眉(引眉)や、夜のシーンの暗さなどに違和感を覚えるといった感想を持つ生徒も出ました。生徒には、摂関期の文化として、当時の貴族の殿上眉の習慣や夜の暗さに関しては授業で触れ、能面などに見られる眉の位置や、宿泊行事のキャンプファイヤーの際に体験した電気のない夜の暗さなどの具体例を出しながら授業を進め、生徒の理解を深めたつもりでした。生徒も話を聞いていないわけではなかったのですが、中学生ということもあり、実際のイメージを持ちにくかったのではと感じています。絵画資料や写真を使って生徒にイメージを持たせる努力は行っているのですが、どうすれば効果的な形で生徒に見せることができるのか考えていかなければと思います。また、生徒の理解を深めるために、歴史の授業のネタとして地元の話(地域史)をしながら、これを日本全国の動向(日本史)、世界の動向(世界史)に結び付けて話をするという方法があるのですが、私の勤務校ではこの方法を取るにも苦労があります。例えば、『平清盛』の話を生徒に振る時も、「大輪田泊」・「福原」などという単語を出しても教室での反応がイマイチということがあります。これは、勤務校が西宮市にあっても、生徒は、東は京都市や大津市から、西は姫路市や岡山県から生徒が通学し、神戸周辺は地元ではない生徒がほとんどで、「大輪田泊」や「福原」といった単語が身近なものではないということに原因があります。このことは、私のネタ探しで何とかするべきことなのですが、今のところ使えそうなネタを捜索中で、私の大きな課題の一つとなっています。

 ここまで普段の授業感じることを、ただ書きならべてきましたが、これらのことを考えるようになったのは、阪大歴史教育研究会に参加して、ここで学んだ成果を自分なりに消化しようとしている結果であると思っています。私にとって、歴史教育研究会は、授業のネタのヒントを集める場でもあるのですが、歴史の授業とはと考える場でもあります。これからも、歴史教育研究会を通じて考えたことを生かしながら、授業を考えていければと思っています。とくに、まとまりのない文章となってしまいましたが、お付き合いありがとうございました。(文責:片岡太郎(甲陽学院中学校・高等学校))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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