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Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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第58回例会に参加して

特任研究員の岡田雅志です。今回の内容は,少し時間が経ってしまいましたが,3月30日に行われた第58回例会の参加記です。(当日の報告レジュメは本会公式HPの活動記録からご覧いただけます)

一本目の報告は,荒川正晴先生(大阪大学)と中村薫先生(奈良教育大学)による
「大学教養課程での世界史教育についての調査報告-国公立大学へのアンケートおよびシラバスからの検索-」
です。

この報告は,一部の私立大学も含めた全国117校の大学の教養課程における歴史教育の現状を,シラバスとアンケートにより調査した結果報告です。本研究会の活動と連動している科研費研究「最新の研究成果にもとづく大学教養課程用世界史教科書の作成」のサブプロジェクトとして行われている「日本における大学の教養歴史教育の状況調査」の中間報告に当たるものとなります。

まず,荒川先生より,シラバスから見る教養課程の世界史教育の現状についてお話がありました。まず,古代から現代にわたる世界通史を企図する講義が非常に少なく,あったとしても実質的には教員の専門(多くは西洋史)を中心とした通史である場合が多いことが指摘されました(東京大学の「世界史論」や流通科学大学の「歴史」などの例外あり)。また,古代から始まる通史ではないが,横浜市立大学の教養基礎「歴史から今を知る」など現代世界の成り立ちを理解させることを目的とした講義や,通史ではないものの東洋史・西洋史などの枠を越え,特定のテーマから世界史にアプローチしようとする講義があることが紹介されました。このように一部では面白い取り組みが行われているものの,教員の専門をもとに工夫をしているレベルであり,大学として体系的な世界史教育を提供しているところは皆無といってよく,多くの大学が非常勤講師などに任せているのが現状であるとのことでした。

続いて,中村先生から,「世界史的知識についての認識と対策」に関して,大学教員に対して行ったアンケート調査の結果についてご報告がありました。それによれば,現在の学生の世界史的知識は昔と比べ劣っているという認識を持つ教員が大多数(68%)にもかかわらず,それへの対策をとっていると答えた教員は全体のわずか18%であるとのことでした。これらはあくまで教員の認識,印象であり,フロアからは,何をもって世界史的知識の低下といえるのかという意見や,また高校レベルの基本的知識の欠如を指摘する回答が多かったことに対し,世界史の知識は教室だけでなく,テレビや家庭内での会話などを通じて養われる部分も大きく家族史的動態から捉えなければならないという意見も出されました。いずれにしても,シラバス及びアンケートの結果からは,現在多くの大学が,世界の舞台で活躍できるグローバルな人材の育成を謳っているにもかかわらず,体系的な世界史教育を行う体制がとられていない現状が明らかとなり,高大の枠を越えた課題として取り組まなければならない問題であることをあらためて実感させられた報告でした。

二本目の報告は東京都立永山高等学校(報告当時)の大木匡尚先生による
「地理歴史統合科目としての東京都設定科目「江戸から東京へ」の構成論とその実践―生徒の「日常知」を媒介とした歴史教育の可能性を探る―」
と題した授業実践に基づく報告です。

まず,「江戸から東京へ」という東京都設定科目の設置経緯を検討し,2006年の東京都教育委員会の日本史必修化要望から端を発したものが,新学習指導要領に準拠した独自科目としての設置にシフトしていったことを確認し,同科目が帯びているナショナル・アイデンティティの確立を目指す科目としての位置づけについて指摘されました。その上で,2011年度,勤務校において同科目の先行実施を担当することとなった経験をふまえて,同科目の地理歴史統合科目としての可能性に注目し,地元に暮らす生徒の「日常知」をゆさぶることからスタートし,そこで生まれた関心を,日本あるいは世界の歴史の流れの理解に結びつけてゆくという新たな構成のもとでの同科目授業実践の内容が披露されました。

学校や生徒たちの日常空間における景観の歴史的な変化やその背景(多摩ニュータウンの開発など)についての気づきや関心を掘り起こすために,時には足を使い,時には古文書も用いながら生きた教材を作成され,授業を行われている大木先生の実践には大変感銘を受けました。歴史は自分とは関係ない遠い昔の話ではなく,自分達を取り巻く今と密接に関わりを持っているということを,生徒に実感してもらうことから歴史教育は始まるのだとあらためて教えられたような気がします。質疑では,こうした実践がどこまで一般化できるのかという問題などが提起されましたが,大木先生がお答えになられたように,デジタルアーカイブの作成など教材の共有化,内容の普遍化をいかに行ってゆくかが今後の課題となりそうです。「地域史」と「国史」との関係や,歴史教育のあり方にも関わる意義深い報告で大変勉強になりました。(文責:岡田雅志(事務局))

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