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rekikyo

Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

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世界史と日本史

研究員の後藤敦史です。
研究員の中では、最も長く務めております。
思い返せば、2007年4月から研究員をしておりますので、もう4年と半年も、ということになります。
主に、会員の皆様への連絡係をしております。
このブログを通じて、皆様ともっとコミュニケーションを取りたいと考えております。

さて、私は、研究員の中で唯一の日本史専攻です。
研究テーマは、日本の開国(19世紀)です。
18世紀末から19世紀前半にかけて、徳川幕府がどのような外交を形成し、1853年(嘉永6年)のいわゆる「黒船来航」を経て、その外交がどのように変化していくのか、という点を、当時幕府内で外交に携わっていた有司層に着目しながら研究をしております。
この研究会では、第26回、および第46回の例会で報告をさせていただきました。

実はこの6月に、博士論文を提出したところです。
何とか無事、博士号もいただけることとなりました。
博士論文では、専ら徳川幕府の公的な史料を用いたのですが、今後は、日本の史料だけではなく、海外史料も積極的に用いながら(と言っても、語学が苦手なので英語だけになりそうですが)、日本の開国をより広い観点から見たいと考えております。
というわけで、現在、アメリカのワシントンDCに滞在しております。
国立公文書館および議会図書館というところに毎日通いながら、19世紀におけるアメリカの対日政策の形成に関する史料を収集しております。
その成果は、いずれ例会などでご紹介できれば、と思います。


さて、以上が私の自己紹介ですが、最初の一文にご注目ください。
「私は、研究員の中で唯一の日本史専攻です」

この自己紹介は、よく研究会の場などでも致します。
今日は、少しこの点について記事を書きたいと思います。

自省してよくよく考えてみると、この自己紹介は、やや不思議なものです。
私が研究員の中で1人、日本史学専攻に所属していることは間違いないのですが、わざわざ「唯一の」と強調するかのように説明することに、ふとした瞬間に、自ら違和感を感じてしまいます。

というのも、たとえばほかの研究員の方が、イギリス史を専攻しているからといって、
「唯一のイギリス史(専攻)です」と自己紹介するか、といえば、聞いたことありません。
おそらく、その方は、単に「イギリス史専攻です」と自己紹介するでしょう。
(あるいは、前の鍵谷さんの記事のようにイギリスのいつの時代かを付けて「イギリス近代史専攻です」と紹介するでしょう)

私がわざわざ「唯一の」と付けるのは、やはり、どこかで日本史と、それ以外の地域の歴史とを線引きしているのではないか…
そして、「それ以外の地域の歴史」こそ、私の中で無意識的に世界史を意味しているのではないか…
「日本史は世界史の一部である」という至極当然のことが、頭の中で十分に理解できていても、どうしても、日本史と世界史を別々のものであるかのように取り扱ってしまう感覚から自由になれていない自分をふとした瞬間に見つけます。


ところで、先日、神奈川県立高校の女性教諭が、日本史の授業の中でハングルを取り上げたことに対し、県教育委員会が「教育内容として不適切」と判断し、学校側を指導したということが『産経新聞』で報じられたことは、記憶に新しいことと思います。

何が「不適切」なのか、全く以て理解に苦しむところなのですが、このニュースを報じた某サイトのコメント欄に、
「日本史なんだから、日本の歴史だけやっていればいいんだ!!」
という趣旨の書き込み(もう少し口汚い表現だったと思います)がありました。

こういった内容を書き込んだ方は、日本列島の歴史だけを学習すれば、日本史を理解することができると考えているのでしょうか。

本研究会の代表である桃木至朗教授は、ある雑誌の中で、
「高校での日本史・世界史の区分によってすでに『日本と世界は別のものである』『世界は日本の外にある』と刷り込まれた学生たちは、大学で日本史の専門教育を受けると、『歴史というのは日本史だ(外国史はその参考のためにのみ存在する)』という思考枠組を本人がまったく意識しないまでに、体に覚えさせられることになる」
と述べています。(『歴史科学』197号、大阪歴史科学協議会、2009年5月)

上記のニュースに対するコメント、あるいは、上記の件を「不適切」と判断した教育委員会の対応は、まさに、「世界は日本の外にある」という思考に凝り固まってしまっていることを示す事例と言えるでしょうか。

そして、さらにその上記、自分自身のことを省みると、私もまた、どこかで「世界史と日本史は別物」ということを、無意識的に「体で覚えいる」のではないか…とふと恐ろしくなる次第です。


※なお私も、上記『歴史科学』197号に小論を掲載させていただきました。
その際、科目として「世界史」と「日本史」が分かれていること自体はメリットも大きく、区分自体はそのままでいいというような内容を書きました。
この点は今も変わらずそう考えておりますが、『産経新聞』が報じたような事態が起こる現状を鑑みると、それぞれの科目のあり方は、やはりもっともっと議論されるべきと考えます。
少なくとも、「日本と世界は別のものである」という「刷り込み」(先の引用より)が繰り返されないように。(文責:後藤敦史(事務局))

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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