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大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
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大木匡尚「日本学術会議の提言する「歴史基礎」等に対する指導内容の「精選」に関する私的提言(2)」

大木先生の提言の続きです。


3 「履修・修得」と「知識」の壁 -「高校生の歴史知識についての調査」から-
では、高等学校において世界史及び日本史を「履修・修得」したはずである現在の高校生たちは、どの程度の歴史の「知識」を有している、または有していないのであろうか。筆者は、現任校に着任早々の2012年4月に「高校生の歴史知識についての調査」と題した調査を実施した。この調査では、前年度までに世界史Aの履修を終えている3・4年生の58名を抽出して、中学校までに学習した日本史上の人名とその関連項目、高校2年時に学習した世界史上の人名とその関連項目を語群から選択して結びつけるというものである。なお、人名の後ろのアスタリスクは小学校学習指導要領第2章第2節社会科の「内容の取扱い」第6学年において列挙されている人物である。
この調査で注目すべき点は、日本史・世界史とも、知識の定着が進んでいない点である。すなわち、小・中学校と2回にわたって学習したはずの日本史分野の事項であっても、生徒には定着の度合いが低く、また高校2年時に学習したはずである世界史分野の知識にいたっては、ほとんど馴染みがない事項になっていることが窺える(【表1】【表2】参照)。

【表1】日本史分野の調査結果(クリックで拡大)

日本史分野の調査結果


【表2】世界史分野の調査結果(クリックで拡大)

世界史分野の調査結果


筆者は、彼らの中学校時代や世界史履修当時の学習を知る由もないが、この結果は、学習者である生徒、授業者である教師双方に課題があることの証左であろう。しかし、それ以上に、世界史にしても日本史にしても、一般的に、生徒にとっては実感を伴わない授業内容になっていることが窺える。昨年度、筆者は前任校において、生徒にとって身近な景観を教材化し、地理歴史統合的に日本近現代史の全体像を描いていく授業実践を行った。そこでは、普段は意欲を感じられない教育課題校の生徒たちが、生き生きと学習する姿を目の当たりにした。筆者は、こうした実践と現状を踏まえ、すべての高校生たちの学習の機会を保証するためにも、改めて学習内容の精選が必要であるという認識に立ち至った。すなわち、2単位の標準時数の半分にも満たない実授業時数の制約と、多様な生徒の学習上の課題という制約のなかでの学習内容の精選は、前述の通り、かえって教師の側としても明確な世界史像の叙述が必要となる。とくに、教育課題校に在籍する多くの生徒たちにとっては、「『最初で最後の』世界史学習の機会」となることから考えても、世界史の全体像を指導する必要があり、そのためにも世界史の全体像の叙述についての議論を進めていく必要があろう。この調査は、現代社会を生きる生徒たちが、市民として最低限必要な歴史的な素養と知識とはどのようなものであるのか、ということを考えていくことこそ、歴史教育に携わる人間に課された使命であると認識を強めた結果であった。

結語
翻って、筆者の立場から学術会議の「提言」を読むと、課題を見出さざるを得ない。それは、一言でいえば、高等学校での歴史学習が、大学での専門教育のための基礎学習として位置付けられているように読める点である。たとえば「提言」に言うところの「グローバル化に対応するため、外国語で自分の意見を明確に発信」する能力などということは、多くの高校生にとっては無関係なことである。また、「提言」では、「生徒の『世界史離れ』の傾向が発生」する原因を、授業時数が少ないうえに、小・中学校では日本史中心の教育内容であり、さらに「大学入試の出題が用語の暗記を問う傾向が強く、高校の授業も知識詰め込み型で行われる傾向」が強いということに求めている。この認識そのものは、筆者も否定するものではないが、その対策として、学術会議は「関連学会などによる歴史の重要用語厳選のガイドラインを作成し、大学入試に反映させるよう働きかける」ことを提案している。このことを筆者は否定できる立場にはないが、大学入試を前提とした高等学校における教育課程の編成や教育内容の選定は本末転倒であるとも考えている。たしかに、各校種間の接続を意識することは大切なことであり、各校種における教育課程及び教育内容の相互連携は重要である。しかし、学校以外の「関連学会」により、大学「入試」を意識して「重要」とされる用語の「厳選」を行って「ガイドライン」を作成した場合、きたるべき高等学校の世界史及び日本史の教育内容は、画一的で固定化された教育内容になろう。これは、社会科世界史及び日本史が成立した以来、高等学校での歴史教育が担ってきた「国際社会に主体的に生き平和で民主的な国家・社会を形成する」市民としての最低限の資質の育成という「目標」とは異質なものである。
たしかに、高等学校における歴史教育を活性化することは喫緊の課題である。しかし、多様な高等学校や高校生の実態を省みず、大学での研究・教育「のための」教育改革を行うことは次元の違う問題であろう。また、大衆化した高校生の実態を、嘆き、批判することは容易であるが、中学校等卒業生のほぼ全員が進学する現在の高等学校現場の立場を理解し、こうした高校生にとっていかに教科の目標を提示し、その目標を達成していくことこそ喫緊の課題であろう。高等学校における歴史教育の場合、授業内容の「精選」を行うということは、歴史用語の数を減じることではなく、むしろ世界史の全体像を「叙述」することである。筆者も、本稿では、日ごろの実践者としての立場を離れ、やや批評めいたことを論じてしまったが、今後はこのような批評を封印し、筆者の立場で、高校生たちが市民社会を生きるために必要な歴史的な素養や知識とはどのようなものであるのかについて考え、生徒にとって身近な、そして自らの生きる世界の枠組みとその歴史を叙述し、授業実践していきたいと考えている。

付記
1 本稿は、日本社会科教育学会第62回全国研究大会における自由研究発表Ⅰ-第3分科会(2012年9月30日、東京学芸大学)における筆者の報告「高等学校地理歴史科における指導内容の『精選』に関する一考察―定時制課程専門学科における実践を踏まえて―」の発表原稿をもとに改稿したものである。
2 本稿は、2011年度及び2012年度日本学術振興会科学研究費補助金(奨励研究)、2011年度東京都教育庁日本史必修化研究費による成果の一部である。

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