FC2ブログ

カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

rekikyo

Author:rekikyo
大阪大学歴史教育研究会の公式ブログです。
原則として事務局スタッフの記事を中心に週一更新、その他告知や参加メンバーによる投稿等があれば随時掲載します。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

リンク

検索フォーム

総訪問者数

大木匡尚先生のコメントへの私的回答(油井大三郎)

 先日掲載いたしました大木先生の提言について、東京女子大学の油井大三郎先生よりコメントを頂きました。
 ここに掲載いたしますので、あわせてご参照ください。


大木匡尚先生のコメントへの私的回答
油井大三郎(東京女子大学)

 大阪大学歴史教育研究会の公式ブログで大木先生が日本学術会議の高校地歴改革分科会が出した高校地歴教育改革に関する提言に対して出された貴重なご意見を拝見しました。私は、この提言が発表された時点では当該分科会の委員長でしたが、現在は、提言発表後に発足した高校歴史教育分科会の一委員にすぎませんので、あくまで個人の資格で感想を述べさせていただきます。
 まず第一に、学術会議のメンバーはほとんど現職か元職の大学教員で占められていますので、高校教員の皆さんとの意見交換が極めて大切と考え、提言をまとめる過程でも高校教員の方を分科会やシンポジウムにお招きしてご意見をうかがってきました。昨年10月から発足した高校歴史教育分科会では、提言で並記されていた(A)通史型、(B)近現代集中型、(C)主題学習重点型の3種の「歴史基礎」の統一案の作成を開始しています。それだけに一層、高校教員の皆さんの貴重なご意見をこの統一案に反映することが大事だと考えています。日本の教育課程の決定はなんといっても「トップダウン」の傾向が強いのですが、私が専門としている米国の教育制度では地方分権的であることもあって、民間の研究団体や教員団体の提言が中心的な影響力をもつ「ボトムアップ」の傾向があり、日本でもそのような方式を少しでも取り入れた方がよいと思っています。それ故、大木先生が実施されたアンケート結果などは現在の高校生の生の声を聞くよい機会になったと感謝しています。今後も現場の情報を教えていただいて、「歴史基礎」のよりよい統一案ができればよいと期待しています。
 第二に、大木先生は、学術会議の提言が「大学受験を前提として高等学校における世界史もしくは日本史の教育内容を再構築しようとし、・・・高等学校における教科教育を大学での教育及び研究に従属させ」ようとしていると判断されているようですが、これは誤解だと思います。学術会議の提言で、「歴史基礎」と「地理基礎」を必修とし、選択科目として現在のB科目である世界史・日本史・地理を残すように提案したのは、B科目が大学受験対応になっている現実を尊重した結果でした。逆にいえば、「基礎」はすべての高校生に学んでもらいたいもので、大木先生が指摘された「市民として最低限必要な歴史的な素養と知識」の育成と一致するものと考えています。
 重要用語を限定すべきとした提案で問題にしているのは、改訂の度に用語が増加しているB科目の方が主で、用語の厳選によって発生する授業時間の余裕を使って「歴史を学ぶ楽しさ」や「思考力育成」に繋がる授業の導入を提案した次第です。この間、多くの高校教員の方と意見交換した際に強く言われたことは、大学側が細かい用語の暗記力を問うような出題を繰り返しているために、高校でも「用語の暗記中心の授業」をせざるをえなくなっている現実への批判でした。それは進学校に限られた問題なのかもしれませんが、大学入試改革もセットにしなければ高校の地歴改革はスムースには進展しないと考え、重要用語を限定するガイドラインを歴史関連学会で申し合わせ、その尊重を大学の歴史研究者に求めたらどうかと考えた次第です。
 勿論、歴史基礎の場合も、用語を厳選し、「思考力育成型」の授業が可能になる工夫が必要ですが、それは大学入試に直結するものではありません。むしろ将来、自立した市民として生活する上で必要最小限の知識や思考力を育てる教育内容はどのようなものか、の検討が必要で、その面での助言を多くの高校教員の皆さんからいただけると、「歴史基礎」の統一案を作る上で参考になると期待しています。
 第三に、「特定の機関等が授業内容の精選を図るという取り組みそのものが、一部の特定の世界史叙述の固定化につながり、他の叙述の可能性を否定する」とか、用語を厳選した「ガイドラインを作成した場合、きたるべき高等学校の世界史及び日本史の教育内容は、画一的で固定された教育内容になろう」というご指摘についてですが、この点にも誤解があると思います。提言では、従来の歴史教科書が、通史を説明した本論部分で一定の解釈に基づく叙述を淡々と行っているだけで、設問もないため、生徒はその解釈や用語をひたすら暗記するだけになっている状況を批判し、歴史的思考力を育成するためには、通史部分にも設問などを設けて、生徒が「考える楽しみ」を味わえるようにすべきだと提案しています。つまり、過去には別の道もありえたし、過去の解釈にも多様な解釈がありうるので、教科書の叙述にも複数主義を取り入れるべきというのが提言の基本姿勢になっています。それ故、大木先生がいわれるように、学習内容を精選し、実感を伴うような授業内容を導入してゆく方向は学術会議の提言との一致するものと考えています。
 また、教育内容を特定の機関が方向づけることへの疑問についてですが、現行の歴史教科書の多くは大学教員が中心になって作成されているため、高校現場での授業時間の制約などが十分考慮されず、最新の研究動向を反映させた新しい内容を改訂の度に盛り込む傾向が続いています。その結果、教科書のページ数が改訂の度に厚くなり、授業が現代までゆかずに終わったり、全体の時代をカヴァーするため駆け足で授業を進める実態がある点も多くの高校教員の皆さんから指摘されました。この欠陥を是正するためには、高校の授業実態に即して教育可能な用語数をある程度限定する必要があるのではないでしょうか。勿論、それは重要用語と関連用語の区別をつける作業ですので、重要用語以外は教えてはいけないという「ガイドライン」ではありません。また、各用語を関連づける方法は各教科書執筆者に任されていますし、教科書の内容をどう生徒に伝えるかは高校教員の方々の意志が作用するところだと思います。さらに、教科書の記述を学術会議の提言が提案しているように、複数主義に転換できれば、特定の歴史観を押しつける心配はないと思います。むしろ、重要用語を限定するガイドラインが大学の歴史研究者によって尊重され、その範囲で出題される状況が生まれれば、高校における歴史教育の自由度はもっと増加し、創意工夫をこらした歴史教育が可能になるのではないかと考えた次第です。
 以上、気が付いた点だけ、個人的な立場で指摘させていただきましたが、今後も、高等学校におけるよりよい歴史教育の実現を目ざした様々なご助言を期待しております。
 

<< 大阪大学歴史教育研究会・第64回例会 | ホーム | 大木匡尚「日本学術会議の提言する「歴史基礎」等に対する指導内容の「精選」に関する私的提言(1)」 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


ご褒美

ご褒美http://bit.ly/IwdFL8


旅物語

旅物語 http://ryokou99.web.fc2.com/


 ホーム